AI(人工知能)時代のかかりつけ医の役割
最近、診察室で患者さんからこんな話を聞く機会が増えました。
「AIに聞いたらこのお薬は副作用が多いと言われました。」
あるいは、
「AIで調べたら重い病気かもしれないと出てきて、不安になってしまいました。」
スマートフォンひとつで専門的な情報に触れられる時代になりました。AIは病気について学ぶきっかけとして、とても有用な道具です。私自身も、今後さまざまな分野で活用が進んでいくことを期待しています。
しかし、健康相談においては一つ注意したいことがあります。それは、AIの性能の問題ではなく、むしろ私たち人間の側の問題です。人は誰でも、自分が信じたい情報を信じる傾向があります。
例えば、胸の違和感を感じたとします。「心配ないですよ」という情報を見つければ安心します。
反対に、「心筋梗塞の可能性があります」という情報を見つければ不安になります。
そして不思議なことに、人は自分の期待や不安に合った情報ほど強く記憶し、信じてしまいます。心理学ではこれを「確証バイアス」と呼びます。自分に心理に近い証拠ばかりを集め、反対の証拠を見落としてしまう現象です。
これは決して特別な人だけに起こることではありません。医師を含め、誰にでも起こり得る人間の性質です。
AIとの対話では、この傾向がさらに強まることがあります。なぜなら、AIの回答は質問の仕方によって変化するからです。
「この症状は心配ないですよね?」と尋ねれば安心材料が集まりやすくなります。
一方で、
「重大な病気の可能性はありますか?」
と尋ねれば、危険な病気が並びやすくなります。AIが間違っているわけではありません。ただ、質問した人の関心や前提に沿って答えを整理しているのです。
その結果、安心したい人はさらに安心し、不安な人はさらに不安になるということが起こります。診察室での医療が大切にしているのは、まさにこの部分です。
症状だけを見るのではなく、年齢、既往歴、服薬内容、生活習慣、これまでの経過、そして患者さん自身がどのような不安を抱えているのかを含めて判断します。実際には、病気を診るというより、「その人」を診ていると言った方が近いかもしれません。
最近のAIは非常に優秀です。これからの医療に欠かせない存在になっていくでしょう。しかし、どれほど技術が進歩しても、「私はなぜこの情報を信じたいと思ったのだろう」と立ち止まって考えることは、人間にしかできません。
AIを利用するときは、その答えを最終判断にするのではなく、理解を深めるための参考情報として活用していただければと思います。そして気になる症状があるときには、「AIではこう書いてありましたが、先生はどう思いますか」と、ぜひ遠慮なく相談してください。
AI時代に本当に必要なのは、情報を集める力だけではありません。情報を鵜呑みにせず、自分自身を客観的に見つめる力なのかもしれません。
