春霞の季節に ~花粉症は現代病なのか~
「春霞」という言葉は、日本語の中でもとりわけ美しい響きを持つ言葉の一つではないでしょうか。遠くの山々がやわらかくかすみ、空気の中に春のぬくもりが満ちてくる。そんな情景が自然に思い浮かびます。
万葉集にも、春の霞を詠んだ歌が残されています。
春の野に 霞たなびき うら悲し この夕影に うぐひす鳴くも(万葉集)
春の野に霞がたなびき、夕暮れに鶯が鳴く。千三百年前の人々もまた、同じ春の空を見上げ、同じ季節の気配を感じていたのでしょう。
ところで、診察室でこの季節になると、少し現実的な春の話題が増えてきます。
「くしゃみが止まらない」「目がかゆくて仕方がない」「鼻が詰まって眠れない」――。
言うまでもなく、花粉症です。今では日本人の三人に一人が花粉症とも言われています。そのため、「昔はこんな病気はなかった」「花粉症は現代病だ」という言葉を耳にすることも少なくありません。そこでふと、こんな疑問が浮かびます。
万葉の時代の人々は、花粉症に悩まされていなかったのでしょうか。
もし現代と同じように、くしゃみや鼻水に苦しんでいたなら、歌人の誰かがきっと歌に詠んでいたのではないかと思います。しかし、少なくとも万葉集には、そのような歌は見当たりません。
とはいえ、スギやヒノキの木は古くから日本の山に生えていました。花粉そのものが新しく生まれたわけではありません。
大きく変わったのは、むしろ人の暮らしと社会の環境です。
戦後、日本では広くスギが植林されました。現在、日本の人工林の多くがスギ林です。春になると大量の花粉が飛びます。さらに都市化が進み、舗装された道路や建物が増えることで、花粉は地面に吸収されにくくなり、空気中に長く漂うようになりました。
また、生活環境の変化も関係していると考えられています。衛生環境が整い感染症が減る一方で、免疫の働き方が変化し、アレルギーが起こりやすくなったのではないかという説もあります。
こうして考えてみると、花粉症は突然生まれた病気というより、自然と人間社会の変化の中で目立つようになった症状なのかもしれません。
もっとも、理由がどうであれ、つらいものはつらいものです。最近では薬の改良や、症状が出る前から治療を始める「初期治療」、さらには体質改善を目指す「舌下免疫療法」など、治療の選択肢も広がっています。
万葉の歌人が見ていた春の霞も、私たちが見ている春の空も、本来は同じ美しい季節の風景です。
くしゃみの合間にも、ふと外を見上げてみると、遠い時代とつながる春の気配を感じることができるかもしれません。
花粉症の季節も、どうぞ無理をなさらず、気になる症状があればお気軽にご相談ください。
