心臓を動かすエネルギーはどこからくる?
心臓が一定のリズムで動き続ける仕組みについて考える際にもう一つ重要なのが心筋細胞は動く興奮し続けるためのエネルギーをどうやって摂取産生しているかという点です。人間は植物と違って光をエネルギー源にすることはできないため、私たちは体外から食べ物を摂取してエネルギーを産生しています。
細胞のなかにはエネルギーを産生する工場のような機能があります。食べ物を摂取すると栄養分が消化管を通って吸収されブドウ糖(グルコース)、アミノ酸、脂肪酸の三つの栄養素に分解され細胞内のその工場に届けられます。工場ではそれらの栄養素を構成する元素を使ってさまざまな化学反応を起こし二酸化炭素や水に変化させるのです。その工場こそが細胞内小器官のミトコンドリアです。
このとき分子を分解したり結合したりする過程で、ミトコンドリアでは、取り込まれたブドウ糖、アミノ酸、脂肪酸を利用しATP(アデノシン3リン酸)というエネルギーの元がつくられます。
細胞内のエネルギーを必要としている場所でそのATPを受け渡すと、ATPのリン酸基が1つ外れてADP(アデノシン2リン酸)になり、そのときにエネルギーが放出されます。
こうして生まれたエネルギーが心筋細胞では筋肉を収縮させるエネルギー源になるのです。
このようなエネルギー産生システムは心筋細胞に限らずすべての細胞に備わっていますが、心臓の細胞は動き続けなければならないため常にエネルギーを必要としています。そのため、心筋細胞にはでは他の細胞とは違いよりも効率よく、よりたくさんのエネルギーを生み出すための特殊な性質をもっています。
その一つは、酸素を使ってエネルギーを生み出すシステムですをより多く活用している点です。ヒトの細胞にはエネルギーの元となるATPを生み出す際、酸素を使ってATPをつくる回路(好気性)と、低酸素でATPをつくる回路(嫌気性)の2種類があります。
低酸素でATPをつくる嫌気性回路では、ブドウ糖1分子でATPは2分子しか合成されません。それに対し、酸素を使ってATPをつくる心筋細胞が多用する好気性回路では、ブドウ糖1分子でATP32分子と16倍ものエネルギーの元を合成することができます。
しかも食べ物から得た栄養でつくられるエネルギーだけではすぐに枯渇してしまうため、エネルギーを産生する際に変化したADPをもう一度工場に戻し、ATPに再合成するシステムも、心筋細胞には組み込まれています。
さらに、酸素を使ってATPをつくり出す回路では、ブドウ糖だけでなく脂肪やタンパク質からもATPをつくることができます。食事がとれずに飢餓状態になったら、体の中にある脂肪を分解してエネルギーにすることもできるのです。
酸素を使ってATPをつくり出す作業は細胞のなかにあるミトコンドリアという小器官で行われます。心臓が酸素を使ってエネルギーを生み出している証拠に、他の細胞と比較して心筋細胞内にはミトコンドリアが数・大きさともに圧倒的に多いことが分かっています。さらに酸素利用率も、脳や肝臓が10〜20%であるのに対し、心筋細胞は70%と非常に高いことも明らかになっています。
栄養素を取り込んで化学反応を起こし、酸素を使って効率よくたくさんのATPをつくっては必要なところに運んでエネルギーと交換し、そこでできたADPを再度工場に移してまたATPに再合成する――この一連の作業が休むことなく延々と続いていることを想像すると、私たちは生命を維持するために休まず働いてくれている心臓のことをたまには意識して大事にしたいものです。