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お月見とファクターX

[2020.09.29]

 “その日はたまたま十五夜の夜だった。いつも通りの酒宴の席で誰かが山のほうに目を向けると、これにつられて誰かの目も山に向く。やがて山の端に月が上ると、一同は期せずしてお月見の気分に支配された。暫くの間誰の目も月に吸い寄せられ、誰も月の事しか口にしなくなった。この席にたまたまスイスからの客人たちがいた。彼らには、一変したと見えるその雰囲気がどうしても理解できなかった。(中略)お月見という晩に、伝統的な月の感じ方が何処からともなく顔を出す。取るにたらぬことではない、私たちの体に染み込んでいる文化とはそういうものだ。文化という生き物が生き育っていく深いうちには、飛躍や変異といったものでは置き換えることができない何かがあるに違いない”(小林秀雄;考えるヒント より)

 新型コロナウイルスの感染者数が累計で8万人に近づき、もう少しで中国のそれと同数になるという。ただ中国に遅れること半年である。感染者数の推移を見ると、他国が指数関数的に増加しているのに比べて、強い行動制限はなく隔離政策も甘いものであったにも関わらず、日本だけが緩除な増加勾配を示し、それが間違いなく医療崩壊を防いだ大きな要因となった。原因は不明で、京都大学山中教授はこの要因をファクターXと呼んでいる。

 報道では、心ない日本人の行動を、欧米との比較でどうこう言っているものが多いが、そうであろうか。懸命に働く医療従事者とそれを支える家族、陣中見舞いと差し入れをくださる多くの有志、みんなで知恵を出し合いこの難局を乗り越えようとする飲食、観光業の方々、そのような人々を至るところに見かける。ファクターXとは、災害の多いこの国に住む私たちの体に染み付いた行動様式ではないであろうか。今こそ、他者と比較することなく、自分たちの力を信じ、協力してこの難局を乗り越える時ではなかろうかと思う。

 

 

 

 

 

 

 

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