心筋細胞には自らの身を守る機能も備わっている
効率よくエネルギーを産生する過程では、その特性ゆえに生じるリスクもあります。心筋細胞にはそうしたリスクからも身を守る働きも備わっています。
常にエネルギーを必要とする心臓ではたくさんの酸素が使われます。酸素が多いということは、活性酸素も多量に生まれるということです。
活性酸素は核酸やタンパク質、脂質などを酸化させ、細胞を細胞死に向かわせるやっかいな物質です。通常、細胞には活性酸素を速やかに除去するシステムが備わっていて、細胞内の酸化還元状態は平衡に保たれています。ところが活性酸素が過剰に産生されたり、酸化を防ぐ酵素が足りなくなったりしてひとたびそのバランスが崩れると、細胞は酸化ストレスによってダメージを受けてしまいます。そこで各細胞にはストレス感知機構が存在し、酸化ストレスがあると細胞分裂の進行を抑えたりミトコンドリアの代謝を低下させたり、酸化を防ぐ酵素の発現を活性化させるなどして細胞が傷つくことを防いでいます。
常に高濃度の酸素にさらされ活性酸素が多量に生まれている心臓は、こうした酸化ストレスによるダメージを受けやすい環境にあります。そのようななかでも機能を正常に保っていられるのは細胞分裂をほとんどしないという特性が関係していると考えられます。
細胞が分裂するときは遺伝子の複写・複製が頻繁に行われます。酸素がたくさんある状況下で細胞が分裂し遺伝子の複写と複製が激しくなると、酸化ストレスによって遺伝子が傷つき突然変異が起こりやすくなります。心臓は細胞分裂を極力抑えることで、活性酸素から遺伝子が傷つくことを防ぎ、細胞死や悪性腫瘍の発症から逃れられているのです。
もう一つ、オートファジー機構も心臓がさまざまなリスクから身を守る働きに関係していると考えられています。オートファジーとは細胞内の物質を分解して再利用する現象で心筋細胞に限らずすべての細胞で起こっています。
心筋細胞は細胞分裂をしないことで酸化ストレスから身を守ってはいますが、それでもダメージを受ける細胞はゼロではありません。酸化ストレスによって損傷した細胞内のタンパク質やミトコンドリアは、放置して蓄積されると炎症や細胞死を招くことにつながります。実際、心不全を起こした心筋細胞内には傷んだミトコンドリアがたくさん見つかります。ミトコンドリアが傷むとエネルギーをつくることができなくなって心筋細胞が動けなくなるばかりか、損傷したミトコンドリアが蓄積して細胞死を招き心不全につながるのです。
損傷を受けたタンパク質やミトコンドリアは速やかに処理される必要があります。その処理法の一つがオートファジー機構です。有害なタンパク質や変性したミトコンドリアをいったん分解し、再度つくり変えるこの機構によって、細胞内が正常に維持されていると考えられています。
酸化ストレスで損傷を受けやすい心筋細胞ではオートファジー機構が活発に働いていることが分かっています。逆に心不全を起こした心筋細胞内ではオートファジーによる防御機構が低下していることも最近の研究で示されています。