再生医療ではまだ再現できない、100億個の細胞が起こす奇跡
腕を動かそうと思えば腕の筋肉が動くように、体の筋肉は自分の意志で動かすことができます。一方で心臓の筋肉は動かそうと意識しているわけでもないのに勝手に動いています。
筋肉は動かし続けると普通は疲れてしまうはずです。心臓の筋肉が一生涯止まることなく動き続けられるのは心臓に備わった優れた数々の機能が関係しています。
例えば実験動物の心筋細胞を取り出し、ある環境下で培養すると、細胞自体がピクッピクッと一定のリズムで動きます。これは自律的な興奮(律動)といって、他の筋肉細胞にはない心筋細胞だけの特性です。骨格筋などの筋肉細胞は外部からの刺激がないと動かないのに対し、心筋細胞は自ら電気を発生して外からの刺激がなくても独自で興奮する性質をもっているのです。
そのような性質を持つ心筋細胞が100億個集まってできている心臓が、一つの臓器として動くためには、これらすべての細胞を協調して動かす必要があります。その主導権を握っているのがペースメーカー細胞と呼ばれる細胞です。ペースメーカー細胞は他の心筋細胞よりも速い速度で律動し、その電気信号を波のように他の細胞へと伝えていきます。こうすることによってペースメーカー細胞の動きに従うように他の心筋細胞が協調し一定のリズムで動くとともに、心房と心室の細胞が順次同調して収縮することで血液を体内へと巡らすことができるのです。
さらに心臓には房室結節と呼ばれる細胞群があり、基本的にはその部分からしか心房から心室へ電気的興奮は伝わることができません。心房に不整脈が起こった場合に心房の異常をそのまま心室に伝えないよう制御するといった機能もあります。不整脈の一種である心房細動が起こると心房は1分間に300回くらい興奮してしまい、それがそのまま心室に伝わると心室細動を起こし突然死を招きます。房室結節はこの心房の興奮を半分くらいに抑えて心室に伝えることで心停止を防ぐ働きを担っているのです。
今は体のさまざまな組織や臓器についての再生医療が進んでいます。もちろん心臓を再生させるための研究も続けられていますが、心筋細胞を増やすことはできてもそれを塊にし、そこに刺激伝導系という電気的興奮を伝えるシステムを備えて相互に協調し合い動くようにすることはたいへん難しく、現段階ではまだ実現できていません。
最新科学をもってしても再現することができないという事実は、心臓がいかに複雑なメカニズムによって成り立っている奇跡的な臓器であるかを物語っているのです。